無心とは


あいつの不在にも慣れた。今朝は11時に少しだけ開けた窓から図々しく飛び込んできて爪を研ぎ、びくびく周囲を気にしつつ朝飯を掻っ込むと一目散に出て行った。電気行火のコードを抜く。どこか新しいねぐらができたと考えるのが最も正しいだろう。それでも唯一の生き甲斐を失ったようで、心は荒んでいくばかり。夕方、ポストに校正原稿が投函されていたけれど、もう働く意味も見失ってしまった。机の上に乗せたまま、いつもの店の柔らかな空気に身を委ねる。小肌と若布ポン酢を食べても曖昧な味でおいしくない。ポーチに忍ばせたわさびを出して醤油をつける。なんとか口にすることができた。明日、仕事に没頭すれば苦痛を忘れるだろう。